記念すべき小説第一作目。実際にプレイした物を元に書いたリプレイ小説。ゲームを小説化したため、各所に説明がついてます。


Dungeons and Dragons
 女3人・砂漠の旅

 その一 旅立ちの朝

「マスター、水のお代わり」
 砂漠の町の閑散とした安宿に悲しい響きがこだました。
「ファインちゃん、今日も朝ご飯は水なのかい?」
 宿屋の主人はそう言って、カウンターに座っているハーフリングの少女に声をかけた。その少女は足の長い椅子に座っていて子どものようにも見える。しかし、このハーフリングという種族は、大人でも人間の半分の身長くらいまでしか成長しない。ファインは小さな子どものように見えるが立派な冒険者だ。
「う、マスター。痛いところをつくわね。まだ絶食3日目だよ」
 そう言って、ファインはグビグビと喉を鳴らして目の前に出された水を飲み干した。
 ここは砂漠の国サリサ王国。その砂漠の中心にあるオアシスの町。このオアシスの町は月に2回、商人達が全国から集まりバザーが開かれる。それに便乗して冒険者達も砂漠を越えるキャラバンの護衛や商人の用心棒としてこの町にやってくる。カウンターに座って水を飲んでいるこの少女も、お金目的にここオアシスの町にやってきていた。
「ねぇマスター、なんか仕事ないのぉ。仕事か無いとこのまま餓死して死んじゃうかも」
 ファインはさも物欲しそうにマスターを眺めるが、マスターは苦笑いして壁を指さした。その壁は依頼のチラシを貼り付けられるようになっていたが、一枚たりとも張り紙は貼られていなかった。
「紹介してあげたいのは山々なんだけどね、うちもなかなか仕事が集まらなくてね」
 バザーの時期だというのに、見回すとファインの他には誰も客はいない。つまり、この店もそれほど流行っていないのである。お互いなんて不幸なんだとばかりに、マスターとファインは顔を合わせて深いため息を吹いた。
「何やってんの〜、二人して朝っぱらから黄昏ちゃって〜」
 2階からパタパタと軽い足音を響かせて一人の少女が階段を下りてきた。腰まで伸ばした髪の毛を真っ赤なリボンでポニーテールにして括っている。着ている服も彼女のオーダーメイドで、ショートマントに炎の刺繍をあしらったペンギンスカートと奇抜なデザインをしていた。
「いいじゃないの、黄昏たって。シーナ、あんた今の現状を解ってんの」
 ファインはシーナを自分の隣に座らせる。そして、ファインはシーナに自分たちの置かれている、貧乏で明日の生活費の心配をしなくてはいけない現状をとっぷりと言って聞かせた。
「解っているわよ〜、それくらい〜」
 シーナはそう言って頬を膨らませる。そのトロい口調と同様、のんびり屋の彼女はファインの小言などものともしなかった。シーナは自分の財布を開いて2枚の金貨が入っていることを確認する。
「マスター、Aランチ〜」
 シーナはにっこりと微笑んでマスターに朝食Aランチを注文した。
「あんた!やっぱり解ってないじゃないの。」
 そう言ってファインはシーナの胸ぐらをつかんで彼女につめよった。しかし、シーナも負けてはいない。
「だって、だって!今日こそはフェイちゃんが仕事をもらって帰ってくるはずよ。そしたらその仕事をパッとやって生活費を稼ぐことができるかも〜」
 そう言ってシーナはファインの腕を振りほどき、運ばれていたランチを食べ始めた。
 ファインはそんなシーナを見て、なんでこんな先見性のない奴とパーティを組んでいるのかと悩んでしまい落ち込んだ。3日前に仕事を探してくると言って宿を飛び出したまま音信不通になっている、もう一人の仲間フェイはいったい何やってんだろう。ファインは再び頭を抱えこんでカウンターに突っ伏した。その時、突然店のドアがけたたましく音を立てて開いた。
「ただいまー」
 やけに高い声が閑散とした宿屋に響いた。ドアを開けて入ってきたのは背の高い整った体型の女だ。彼女は音も立てずに二人に近寄っていった。それはシーフと呼ばれる者の技能だ。
「ん〜、フェイさん。いったい三日も何やってたのかなぁ〜」
 彼女が近寄ってくるとファインは席を立って彼女に飛びかかると胸ぐらをつかんでいた。ファインは眉間にしわを寄せてフェイを睨む。
「なにって、仕事を探してきたんじゃないの」
 フェイはぶっきらぼうに素っ気なく答えた。ファインはあまりの怒りに顔を強張らせている。ぽかんと二人を見ていたシーナはそれを聞いて得意満面だ。
「ほらねぇ、フェイちゃんがきちんと仕事を持ってきてくれたじゃないの〜。ファインちゃんは神経質すぎるのよ〜」
 しかし、ファインはシーナの事をまるで無視した。そして、フェイを指さし詰め寄った。
「どこの世界に『すぐ帰ってくる』と言って、三日も留守にする奴がいるのよ!」
 3日前、フェイは「バザーの時期だからすぐにでも仕事は見つかるよ」といって、鼻歌を歌いながら宿屋を出ていったのだ。しかし、すぐには帰らず。余裕で三日もの時が流れていた。
 フェイはおやおやと肩をすくめ、ファインを見下ろしてきっぱりと答えた。
「ここにいるじゃないの。」
 ファインは絶句しモゴモゴと口を動かしながら言葉を飲み込んだ。怒りで握った拳がわなわなと震えている。しかし、一応肝心な仕事のことを聞かないうちにはフェイの奴を簀巻きにすることもできないと思い、作り笑いを浮かべながら口を開いた。
「ところで、仕事のことはどうだったのよ」
「勿論、ばっちり三日間かけずり回って依頼を受けてきたわよ」
 にっこりと答えるフェイであるが"三日間かけずり回って"と言う部分は嘘だった。彼女は初日酒場で情報集めをしているときにかわいい娘を見つけて言い寄り、そのまま彼女をだまくらかして2日間も泊まり込みレズプレイを堪能していたのである。フェイはかわいい女の子を見つけると、すぐに手を出して手込めにしてしまう悪い癖があった。ずっと快楽に溺れてればいいところだが、ふと仲間のことを思いだし仕事を請け負って戻っていたというわけであった。
「さっすがフェイちゃん、頼りになるなぁ。どこで受けてきたの仕事」
 シーナがランチを食べながら微笑んで尋ねた。シーナは仕事という話を聞いて余裕たっぷりの微笑みだ。よくぞ聞いてくれましたとフェイは自信満々に答えた。
「3日もかけてシーフギルドのマスターから聞き出してきたってば。信頼できるネタだから安心していいよ」
 "安心できるネタ"この言葉を聞いたとき、ファインは直感的にイヤな気がした。今までにフェイが"安心"の2文字を出したときにはろくな事が起こらなかったからだ。彼女が"安心"と言って受けた仕事が実は強盗の手助で、危うく牢獄行きになりそうになったことも有るくらいだ。
「ほんとに安心なら早く内容を教えなさいって」
「聞きたい?」
 フェイは悪気があってはファインを茶化しているのではないのだが、3日も水飲みで生活していたファインにとってはそんなフェイの些細な言葉も怒りの対象となってしまうのであった。
「殴るわよ・・・」
 ファインはスッと右足を下げて拳を握りしめた。彼女の目は完全にすわっている。その奥では本気の怒りが燃えていた。シーナはただニコニコと笑って二人を見ているだけだ。そして、ファインの拳が繰り出される瞬間だった。
「ちょ、ちょっとタンマ。言います!言わせてファインさん」
 あわててフェイはメモ帳を懐から取り出しページをめくっていくと、ファインとシーナにメモ帳を突きつけた。ハーフリングは小柄ながらも戦士としては一流だ。殴り飛ばされたら、シーフのフェイでもひとたまりもない。
「ほら、ちゃんと仕事取ってきたでしょ」
 彼女が突き出したメモ帳にはただ一言"今日2時デルヴィッシュ神殿 詳細はそちらで"と書かれているだけであった。それを見たファインは3日かかって得た情報がそれだけかと頭を抱えてうずくまる。二人がやり合っている間に食事を終えたシーナは荷物をまとめに2階の部屋に上っていった。
「どんなもんだい!」
 フェイは自信満々にファインを見下ろすと意気揚々と荷物をまとめに2階に上がっていった。冒険の準備をするのである。フェイは完全にやる気である。
 一人頭を抱えたうずくまっていたファインはふらふらと立ち上がり、頭痛によろめきながらカウンターに座り込んだ。
「マスター、水のお代わり・・・」
 ファインはちびちびと水を飲みながら、あらためてなんていい加減な奴らとパーティを組んでいるんだろうと考えた。電波系でなんにも考えていないシーナ。わがままで自分の欲望には忠実な変人のフェイ。そして、自分が言うのはなんだけど普通のハーフリングの自分。
 これまでは大変な目に遭いながらも、何となくミッションを完遂してきた。いや、落ち込んではいけない。実はこの3人はバランスが取れているんじゃないか、だから辛い時も楽しくやっていけたんじゃなかったのか。悩んでも仕方ないじゃないか。ファインが水をなめながらそんなことを10分ほども考えていた時だった。
「ファインちゃん、早く早く!置いていくよ」
「さっさと準備しなよ、ファイン」
 考えこむファインを見下ろすように、さっさと準備を終えてシーナとフェイが階段を下りてきた。ファインはだるそうに立ち上がると、ふらふらと二人の間をすり抜けて2階に上がって行く。
「なんだよ、ファインのあの態度は」
 フェイは憤然として彼女が立ち去ったあとの階段を睨みつけた。しかし、悪態をつく暇もなく2階から床を踏むにぎやかな音が聞こえてきた。そして、先ほどの様子とはうって変わってファインが2階から走ってきた。
「ぼさっとしてないで!いくよ、みんな!」
 突拍子も無くにっこりと笑いかけるファインに二人はぼけっと突っ立てしまっていた。先ほどまで落ち込んでいた彼女とはまるで別人のようだ。
「ファインちゃん、頑張ってうちの稼ぎ頭になっとくれよ」
 酒場のおじさんが2階から下りてきたファインにぐっと指をつきだして、カウンターに風呂敷の包みをそっと置いた。ファインは風呂敷を掴み取り、マスターに了解の印として親指をぐっと突き出した。そして、仲間二人の腕を引いて「必ず帰ってくるからね」とマスターに言う。そして3人は酒場から勢いよく飛び出していった。
 
その2 麗しきかな砂漠の旅

「で、どんな仕事なの〜?ねえ、フェイちゃん」
 オアシスの町の多くの人々が行き交う賑やかなメインストリートを歩きながら少し不安そうにシーナが尋ねた。それを聞いたファインも腕を組みながら頷いている。
「えーと、盗賊ギルドの長から聞いたのはさっき見せたメモの通りなんだよ。詳しいことはそちらで聞いてくれの一点張りだったからね。ま、なんにしても、私らはこの仕事を受けて少しはまともな生活を送れるようにならないといけないのよね」
 ファインの方をチラリと見てフェイが答えた。一応こんなフェイでも少しは気にしているらしい。だが、ファインはそんなフェイの事には目もくれずに歩き続けていた。
 バザーでにぎやかなメインストリートから離れて砂丘の見える小道に入ってくると、目の前に花崗岩で作られた白い建物が見えてきた。荘厳な作りのモスクに似た建物で、施設は3メートル位の塀で囲まれていた。ここはデルヴィッシュという中立の立場をとっている僧侶達が、自らを鍛えるために入っている寺院である。
 3人が近づいていくと,門の前には二人の男が棒を構えて立っており、身動き一つせずに門番をしていた。門番は3人ををチラリと見て「何か用か」と尋ねる。門番の言動や隙のない立ち姿には緊張のみなぎる威圧的な雰囲気が感じ取れた。その態度を見てファインとフェイはこの神殿内で何か有ってはならない事件があったのだと理解した。それほどまでに、張りつめた雰囲気が支配していた。
「依頼で来たのでぇ、通してください〜」
 二人の緊張した面もちとはかけ離れた間延びした口調でシーナが門番に話しかけた。門番が「何か証明する物を見せてくれ」と言ったのでフェイがシーフギルドの印章を見せる。門番は納得したのか重そうな鉄の扉を開けて3人を奥に通した。
 門の内側では若いデルヴィッシュ達が修行に明け暮れる姿が見て取れた。座禅を組んだり、鈍器を使った戦闘訓練、地震の体を鍛えるためのウェイトトレーニングだ。その厳しい修行を横目に見ながらシーナとフェイは通り過ぎる。若いデルヴィッシュの一人に案内され3人は寺院の奥の部屋に通された。
 重い木製のドアを開けると、そこは窓もない暗い部屋でロウソクだけがかすかに一人の初老の老人の顔を照らし出していた。
「依頼を受けた3人を連れて参りました」
 若いデルヴィッシュが緊張して声を張り上げて報告する。初老の男は「中に入ってもらいなさい」と言葉を返す。
 案内人が去ったあと、残された3人に初老の男は座るように勧めてから静かに口を開いた。
「君たちが私の依頼を受けてくれる人だね」
 その声は落ち着いていてとても難事件を抱えているような口調では無かった。少なくとも、彼の声からは何も読みとれない。
「私は探検家ハーフリングのファインと申します。このたびはよろしくお願いします。」
 ファインは自己紹介もしない内から依頼話を切り出すのもまずいと思い切り出した。ファインの自己紹介を聞いて、他の二人もすかさず自己紹介を始める。
「シーナです。14歳の妖術使いで〜す」
「詐欺師のフェイだ。よろしくな」
 この二人は、はっきり言って礼儀という物を心得ていない。こういった態度の為、依頼主を怒らせて、契約を破棄されてしまったこともある。
「あんた達!も少し畏まりなさいよ」
 この契約の成立に今後の生活の全てを賭けているファインは二人の頭をこずき、押さえつけて無理矢理お辞儀をさせて、老人に困ったような顔を向けた。
「いやいや、気にしなくて結構。ま、そこに座って話を聞いてくれないかな。あ、私の自己紹介がまだだったね。私の名前はアザディン、見ての通りの老いぼれさ。よろしくね、お嬢さん方」
 老人は3人に座るのを確認するとじっと3人の顔を見つめて神妙に話を始めた。暗闇の中によく響き渡る声が伝わり始めた。
「単刀直入に言うよ、君たちに死の谷の調査に行って来て欲しい。私の瞑想で死の谷のゾンビの王が復活しようとしているとのビジョンが見えてね。弟子に確認させに行ったのだけれど1ヶ月も戻ってこない。どうやら谷で何かあったようだ」
「そこで我々が調査に行くというわけですね」
 話途中でファインが我慢しきれないようにつぶやく。もっとも、この様な危険な仕事を受けたならば誰しも平静ではいられないだろう。
「その通りだよ。小さいお嬢さん。危険な仕事だけどよろしく頼むよ」
 アザディン老師はそう言って小さな地図を広げて3人に死の谷の場所を指し示した。このオアシスの町から南東に歩いて一週間位の丘陵地帯にその谷はあるように思える。その時3人の顔色が僅かに変わったのをアザディン老師は見逃さなかった。
「何か問題でもあるのかな?」
 3人はじっとアザディン老師の目を見つめた。
「すいませんが前金を少し頂けませんか」
 真面目な話、お金が無いのでそんな長旅には耐えられないと訴えた。このままではどうしようもないのでファインがアザディン老師に準備金としての前金を要求する。アザディン老師は少し考えていたがそのことは了解したようで、ファイン達にあとで渡すことを約束した。
 「で、前金はもらうとしてだよ。期限とかあるのかい?ま、こっちの目算だと行って帰ってくるだけだからだいたい2週間くらいかな」
 期限がついているとどうも不安なフェイがずけずけとアザディン老師に尋ねる。
「そうだね、特に期限はないんだけどね、生きて帰ってくれればそれでいいよ」
 アザディン老師はすらりと答えて、人を呼ぶとGPの入った袋を持ってこさせると3人に配る。
「300GP入ってる。有効に使ってくれよ。」
 老師の最後の言葉には、軽い忠告のニュアンスが聞き取れた。しかし、3人は久しぶりのGPの重みに顔が緩んでいた。そんな彼女たちの様子を見てアザディン老師は少し不安に思ったが、頼んでしまったのは自分なのだ。こうなれば、力の限り頑張ってもらうしかない。
「任せてください」
「待っててね、おじいちゃん」
「任せなよ、爺さん」
 3人は元気よく返事をしてアザディン老師に一礼すると踵を返して老師の部屋から退出する。そして、中庭を通って神殿をあとにした。
 3人はとりあえず町のメインストリートに出てこれからの冒険に必要な道具類を購入することにした。それぞれが食料、水を入れる革袋、それに薪がわりにする大量のたいまつ。そして、移動の手段としてのラクダを購入してメインストリートの中心にあるにぎやかな広場に集合した。3人はお互いの荷物を確認して、これからの砂漠の旅に支障がないことが解ると涼しくなる夜を待って出発することにした。


「これから出発なんだけど、みんな大丈夫だよね」
 ファインがラクダの上で握り拳を高々と振り上げ、気合いを入れる意味合いも込めて他の二人に同意を求めた。すると、フェイもシーナも元気に拳を高く掲げて気合いを入れた。暫くそのまま固まってた3人だったがフェイの催促で彼女たちはラクダの手綱を握り、メインストリートから町の門をくぐり夜の砂漠へと乗り出していった。
 夜の砂漠は昼とは異なり、灼熱の太陽に金属鎧を焼かれることはない。重い鎧を着ることの出来るファインはプレートメイルに袖を通した。彼女らの目的地の『死の谷』はオアシスの町の南東にある。3人は渡された地図を参照して星を道しるべに夜の砂漠をラクダで進んでいった。夜の砂漠はとても静かでラクダが砂を踏みしめる音と時折吹く風の音しか3人には聞こえてこない。
 何事もなく4時間ほど進んだ時だった。それまでとても静かだった砂漠の空気の中に、ふと遠くから風を切る音とうなり声が聞こえてきた。
 最初は満面の星の海の中の小さな黒い点であったが、徐々にこちらに近づいてくるのが解った。ファインとフェイはふとシーナの方を見やって、彼女に近づいてくる化け物がどんな物か見てもらうことにした。これは、魔術師であるシーナの役目である。
「なんだろ〜」
 シーナはつぶらな瞳で化け物を観察する。
「みんなっ、ふせてっ」
 シーナはとっさに叫んだ。うっすらと星明かりに照らされた化け物の姿は彼女を驚愕させる物だった。徐々に近づいてくるその姿は、青い鱗で巨大な翼をしている。それが何かを語るまでもない。砂漠の王者ブルードラゴンだ。3人の額に冷や汗が浮かぶ。雷のブレスを吐くこのドラゴンの恐ろしさは有名である。ドラゴン討伐隊の王国騎士団を一発の雷のブレスで葬り去った"角の丘のドラゴン"というサリサ王国に伝わる伝承でみんなよく知っていた。
 初日からついてないなと思いながら、シーナはランタンの明かりを消してラクダを落ち着かせる。他の二人もラクダを操り静かにさせて座らせる。
「シーナ、ハルシネレートリィテレインを頼む」
 そう言って、フェイはシーナの方を振り向いた。この呪文は何もない空間に幻覚の地形を造り出すことが出来る。なんの準備も無しにドラゴンに挑むほど無謀なことはないので、幻覚地形を使ってドラゴンをだましてやり過ごすしかないと咄嗟に判断したのだ。
「え〜と、ないの」
 そう言って広げた彼女の呪文書にはそのような呪文は記載されていなかった。シーナが二人に呪文書の内容を手短に説明すると、彼女の呪文書に記載されているのは攻撃用の呪文ばかりであった。
「なに!なんでもってないのさ!」
「え〜、そんなこと言われても〜」
 その間にどんどんドラゴンの影が大きくなってくる。
「しかたないね。みんな、伏せるんだよ」
 フェイの提案で3人はとりあえず静かにその場に伏せ、動かないことにした。
「絶対物音を立てるんじゃないよ」
 フェイが他の二人に念を押した。当たり前だという感じで二人も静かに頷く。そして、冷や汗が額を流れる音が聞こえる位に緊張して、3人は砂の上に腹這いに伏せ徐々に近づいてくるドラゴンの影を見つめた。暫く時間が経って、ドラゴンの羽ばたく音が大きくなってゆき、将に彼女らの直上をドラゴンが通っていく。あまりの緊張にラクダのことも忘れて3人は息を殺してピクリとも動かなかった。また、幸運なことにドラゴンはかなり上空を飛んでいるようだった。
「どうか気づきませんように・・・」
 ファインは必死に祈りながらドラゴンの通過を待った。短い時間のはずがすごく長く感じられた。3人は小さくなっていくドラゴンの羽ばたく音を後ろに聞きながら小一時間ほど動く事はなかった。
 ドラゴンが通過して、最初にモゴモゴと動き出したのはフェイだった。フェイは立ち上がると全身についている砂を払いのけた。シーナも続いて立ち上がり全身についた砂を払う。ファインはプレートアーマーを付けていたのでアーマーの隙間に砂が入ってしまっていた。鎧の関節がギシギシと音がするのを気にしながら彼女は立ち上がった。そして、3人はラクダがいることを確認すると、お互いに顔を見合わせて大きく息を吐いた。
「た、助かった。もーこんな緊張感は味わいたくないよ」
 額の汗を拭いながらファインが呟いた。
「そうだねぇ。でもねぇ、誰かさんがもう少し魔法のお勉強をやっていてくれてたらね〜」
 冷たい目でフェイがシーナを見据えて言い放った。こうなるとシーナの立場は非常に厳しい物になる。焦っているのか、シーナは手をばたつかせて、しどろもどろに言い訳を始める。
「でもね、でもね、前まではこんな事無かったじゃない。たまたま砂漠に隠れる所がなかったのが・・・」
「そんな時のために必要だから事前に準備するんでしょうが!今回はたまたま助かったからいいけど、些細なことでも全滅してしまう切っ掛けになるんだからね!」
 シーナが言うのを遮ってファインがまくし立てた。そして、ファインが今にも殴りかかりそうなのをフェイが背中から羽交い締めにして押さえた。
「まあまあ、そう怒りなさんなって。準備するってったって、お金がないんじゃスクロールを買って写すことも出来なかったろ。この冒険が終わってから1月ほど魔術師ギルドに篭もらせればいいじゃないか」
 ファインはそんなことではいつかは全滅するなと思ったが、今の状況が改善されるわけでもないのでフェイにOKと合図した。すぐにフェイが羽交い締めから解放してくれたので、ファインは自分のラクダの所に歩いて行った。
「二人とも、ごめんね・・・」
 今にも泣きそうになるシーナは、もう二度と同じ過ちは繰り返すまいと思い小声で謝った。
 フェイはシーナの肩を軽く叩いて自分のラクダの所に向かっていくと、ファインがプレートメイルの関節に詰まっていた砂を掃除しているところだった。
「シーナも反省していることだし、これから慎重に進めば何とかなるんじゃないかな」
 ファインは深くため息を付いてシーナの方を振り向き、シーナがラクダに乗るのを見て、パーティの要がシーナで本当に大丈夫かなと思いを巡らしていた。
「そうは言うけどね、これで死んでたら洒落にもならないじゃないの」
「ま、個人の欠陥はみんなで補っていけばいいじゃんか。仲間なんだしさ」
 そう言いながら、フェイはファインの鎧掃除を手伝い始めた。プレートメイルに付いた砂は一度鎧を脱いで分解してからでないと掃除できないからで、相当に時間がかかるからだ。二人がせっせと掃除していると、シーナがおずおずとやって来て二人の間に座り込み、部品の間に詰まっていた砂を払い始める。
「ほれー、結局なんかあったらこうやって協力してるだろ」
 フェイのその一言を聞いてファインは少し頬を赤く染めると、シーナにそっと辛く当たりすぎていたことを謝った。


 3人は鎧の掃除が終わると、まだ夜明けには時間があるので先に進むことにした。その日の行程はドラゴンと遭遇した以外は静かなもので、3人は順調に旅を続けていった。そして、東の空が白んでくると3人はさすがにこれ以上進む気も無くなって、ここにテントでも立てようかということになった。太陽が昇ってきて暑くならない内に作業を行わなければ暑さで作業が辛くなるだけなので、3人はテキパキと作業をこなした。
「夜型にするのって、最初は時差ボケに苦しむんだよね」
 テントが完成するとフェイがぐっと伸びをして呟いた。他の二人もそれに同意して頷く。そして、太陽が昇ってくる頃に3人はラクダの手綱をテントの錘にくくりつけて眠ることにした。眠ると言っても砂漠のど真ん中で安全に眠れる訳がない。危険を避けるために見張りは立てなければならなかった。そこは、シーナが今日は呪文も使っていなくて疲れてないからという理由で引き受けた。どうやら、少しでも先ほどの失点を返上しようとしているらしい。
 二人が眠りについたのを確認すると、シーナは深々とフードを被ってマントを羽織る。なるべく直射日光に当たらないようにしてテントの前に腰を下ろした。
 シーナは辺りを見回して見たが何もない。ただ砂漠が広がっているだけであった。視界の開けた砂漠での見張りは森でのキャンプとは違い何かが接近してくればすぐに解ってしまう。しかも、今は昼間であるから砂に潜って来ない限りモンスター達も不意を打って襲ってくる事も出来ないので、見張りの作業的には非常に楽な物となる。彼女は一方を見ていても仕方がないので時々テントの周囲を見回ることも忘れない。
 シーナが見張りを初めてから3時間が経過していた。熱い砂漠の太陽と輻射熱が彼女を苦しめる。オアシスの町に行った時にはキャラバン隊の護衛として行動していたとはいえ、宿泊などはオアシスを点々を渡り歩いてきたからこの様な日中の砂漠での見張りなどは初体験であった。
「あ、暑い〜。解っているけどこの暑さ、何とかならないのかな〜」
 シーナはうんざりとして水袋に手を伸ばす。水はなるべく節約しないと水不足に陥りやすいのだが、彼女はそのようなことは気にしない。シーナは暑い暑いと言いながら一口、また一口と水袋に口を付けていった。時間はどんどん過ぎて太陽が真上に上がる頃にはシーナの水袋の中身はすっかり空になっていた。
「あ、お水無くなっちゃた〜」
 スッとシーナは立ち上がって自分のラクダの所まで歩いていくと、ラクダの倉にくくりつけてある水袋を一つ取り出した。
「お水はたくさん持ってきたし、もう一袋ぐらいいいよね〜」
 にっこりと微笑んでシーナは革袋の栓を外すと,美味しそうに水を飲んだ。こんな光景を心配性のファインが見たら、また大変な事になる所だ。水を飲んで満足したシーナは元いた場所に戻って再び座り込んだ。すると、テントの中からフェイが寝ぼけた目をして出てきた。
「おつかれー。そろそろ交替しようじゃないか」
 フェイはふらふらと近寄ってしーなの隣に腰を下ろした。シーナはフェイにお礼を言って立ち上がると砂を払った。
「なんにも出ないし暇だから頑張ってね〜」
 そう言ってシーナはノソノソとテントの中に入ったかと思うとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
「ありゃりゃ、シーナってば、砂漠の冒険でどんなに水が大切なのか解っているのかね」
 フェイはシーナが飲み尽くして空になった水袋をつまみ上げながらこれからの砂漠の冒険のことを思ってため息を吐いた。
 フェイが見張りを交替してからも、テントを取り巻く状況はなんの変化もない。ただ周りに砂が見えるのみだ。あまりに暇なので、フェイは暇つぶしに今まで落とした女の子達の姿形を思い出すというアホな事をして、暇を紛らわしていた。
 何事も起こらず、太陽が西の地平線に消えそうになっていた。
「そろそろ出発の準備した方がいいね」
 フェイはゆっくりと立ち上がると砂を払ってテントの中に入った。ファインとシーナはぐっすりと寝ている。
「シーナは寝てるにしてもファインは起きてこなかったね。ちょっと気を遣いすぎかねぇ」
 そう言いながら、フェイは二人を軽く揺すって起こした。
「ん、もう出発か?ゴメン、ずっと寝ていたね。二人とも見張りありがとう」
 ファインは起きあがると眠そうに目を擦る。
「気にしなさんなって」
「そうだよ〜、気にしない気にしない〜」
 軽く食事を済ませると、ファイン達は素早く荷物を片づけた。最後にテントを解体して3人のラクダに均等に分配する。3人は最後にバックバックの荷物を確認した。何も落ち度がないことを確認すると3人はラクダにまたがる。
「みんな、今日も元気に行ってみよう!」
 ファインのかけ声で3人は手綱を握りラクダをすすませる。
「今日はドラゴンに遭いませんように〜」
 とてつもなく不吉な事を言ってしまうシーナにファインとフェイは苦笑いするしかなかった。

その3 死の谷の怪物

「いったいいつになったら着くんだい!」
 シーナに作ってもらった魔法の光の下で、フェイは手に持った地図を振るってウンザリといったような表情を浮かべた。
 何も起こらないまま6日目の夜となった。さすがにファイン達も夜型に生活リズムが変化している。夕刻にはきっちりと起床しテキパキと荷物をまとめて、ファイン達は今後の進路を話し合うことにした。
「そんなこと言ってもね。地図には南東って書いてあったんだから、南東に進むしかないんじゃないの?」
 ファインもなげやりな返事を返す。彼女達の旅は、最初はドラゴンと遭遇するなど、非常に緊迫した物だった。しかし、その後は特筆すべき程のことは起こらなかったのだ。ただ一つ起こった事件といえば5日目に砂漠にすむ大トカゲに遭遇した程度だ。その大トカゲもシーナの得意の攻撃呪文アイスストームの一撃で一瞬のうちに殺してしまっていた。シーナの願い通り何も起こらなかったわけである。
「二人とも〜、きっとあの砂丘を越えればなにか見えるよ〜」
 シーナは笑顔で二人を励ます。その笑顔を見てファインとフェイはつられて笑いを返した。これがシーナのいいところだ。どんな苦境でも明るさを失わない彼女にはいつも勇気づけられる。
「なんにしてもいくしかない、頑張っていこう」
 膝をパンと叩くと、ファインは荷物を持って立ち上がった。フェイとシーナもそれに続く。ファイン達は再度ラクダにまたがって手綱を握りしめた。方向感覚が良いフェイが星を見て方角を確かめる。
「方角はばっちりだ。この砂丘を越えていけばオッケイだね」
 フェイは指で丸を作ると砂丘の頂上を指さした。そして、ラクダに合図を送りラクダを進ませる。砂漠はいつもと同じ変わらぬ風景だった。退屈と倦怠を感じて3人の間に重い空気が流れる。何も話す事もなく、3人は砂丘を登っていた。そして、一番最初に砂丘の頂上にたどり着いたファインが突然叫んだ。
「みんな!アレを見て!」
 ファインが指し示した先には、砂漠の中に黒い丘の影を映し出していた。地平線の見える砂漠の中に目指す丘は見える。星空の中にそのシルエットは黒く浮き上がって見えた。
「やった〜、予言的中〜」
シーナは両手を胸の前で組んで大喜びしている。フェイはポカンと口を開けて驚いていた。
「無いかと思っていたけど、ホントにあったんだねぇ・・・」
 そう呟くとフェイは我に返ったように首を振った。ファインはシーナとフェイに目で合図を送ると手綱を握りしめた。
「これからが本番よ!二人とも!」
 そう言って勢いよく砂丘を下っていくファイン。シーナとフェイもそれに続く。
「攻撃呪文なら任せてね〜」
「迷宮の攻略ならアタシにまかせなっ!」
 ラクダにもファイン達の盛り上がりが乗り移ったのか、いつもより快調な歩みで砂漠を突き進んでいく。
 3人は徐々に近づいてくる丘を眺めていた。丘自体は50メートルもあればいい方だろう。夜の闇の中で一際黒く映るその丘はファイン達に威圧感を与えていた。目的地はどんどん近づいてくる。しばらくすると、丘の裾に等間隔で石柱が並んでいるのが見えた。3人はラクダを降りて石柱に近づく。
「シーナ、なんかここに文字が彫ってあるみたいなんだけど。意味とか解るかな?」
 石柱に近づいたファインが石柱についた砂を払ってシーナを呼んだ。呼ばれたシーナも石柱に近づいて石柱に書かれた文字に目を通す。
「う〜ん、これって魔法の文字でもないし〜さっぱりわかんないの〜」
しばらく文字を眺めてシーナが頭を抱えた。魔法使いは魔法に関するエキスパートなのだが、どの様な知識でも備えているわけではない。むしろ、各地の遺跡を探索している盗賊の方が古代の文字には精通しているくらいである。
「どれどれ、おねーさんに見せてみな」
 フェイがシーナの隣に座り込む。そして、懐から汚い手帳を取り出すと真剣な表情でページをめくっていった。この手帳はフェイがシーフギルドでひたすら勉強した古代文字のメモ帳だ。フェイは何回も石柱の文字と手帳を見比べる。
「なんか解った?」
 ファインが興味津々フェイに尋ねる。しかし、フェイは食い入るように石柱の文字から目を離すことはなかった。
「フェイちゃん、どうしたの。なんか判った〜?」
 真剣に解読しているフェイの横でシーナはフェイの顔をのぞき込んだ。フェイの表情は少し引きつっているように見える。その真剣な表情に気圧され、二人は邪魔をするのは悪いと思い声をかけるのをやめた。その代わり、解読中にフェイが襲われないように二人は周囲を警戒する。30分ほどして、フェイが腰を上げると二人の所に近づいてきた。
「ちょっとやばいかもしれないね。」
 そう言うと、フェイは石柱に描いてあったことを手短に説明する。数百年前にこの国で反乱を起こした男が自らを不死の怪物に転生させた。そして、この王国に対して全面戦争を仕掛けた。戦争は熾烈を極めていたが、当時の勇者達やデルヴィッシュの僧兵により乱は鎮圧された。ゾンビの王はこの丘にデルヴィッシュ達により封印されている。そんなことをフェイが述べた。
「じゃ、なに?このでっかい丘がゾンビの王の墓ってわけ?」
 ファインはフェイの話を聞くと丘を見上げた。彼女の衣服が冷や汗で張り付く。ビカムアンデットの呪文でアンデットに変身した例はファインでも知っていた。ビカムアンデットの呪文は強力な転生の魔法の一種だ。自らの肉体を不死の怪物にするという高位の呪文使いが扱う呪文で、その呪文によって怪物に変化した者の強さがとてつもないということが知られている。ファインは吹き出た汗を拭おうともしなかった。
「つまり〜、確認しに行くにも命懸けってことね〜」
 シーナは少しだけ真剣な表情を浮かべる。いつもはのんびりと構えているが、さすがに今回の事の重大さが解ってきたようだ。
「ずけずけと言ってくれるねシーナ。これからどうなるかも解らないって時に。あんたの神経の図太さは天下一品だよ」
 苦笑いしてフェイが手帳を懐に戻した。いつもはうっとおしいがこの様な時にシーナが居ると、そののんびりさで場の雰囲気を和ます。
「ま、目的地には着いたんだから、死の谷を探せばいいんじゃないの?」
 ファインはこんな丘で谷なんて物が有るのかと疑問に思いながら提案した。
「ここは丘と言うよりは墓に近いからね。この丘の周りを回ってみればどこかに入り口があるかもしれないねぇ」
 二人もフェイに同意して頷く。3人はラクダの所に戻ると右回りに丘の裾を廻ってみることにした。なるべく周囲に気を遣い何事にも対処できる体制を作っておく。魔法の光に照らされる丘の光景は殺伐としていた。丘と言っても砂漠の中にあるので、草木一本すら生えていない。そこに土が盛り上げてあるという感じだった。
 周囲を巡り初めて20分ほど経ったとき、ファイン達の目の前に巨大な石柱が姿を現した。近づいてみると丘の斜面が切れていて、3メートルくらいの道が丘の中心部に向けて延びていた。石柱は道の真入り口の中央に立っていて、そこを通ることを邪魔しているようだった。
「ここね」
 ファインはラクダを降りてバックパックからロープを取り出すと石柱にロープをくくりつけてラクダを繋いでおいた。フェイとシーナもラクダを繋いでおく。
「なるほど、ここが死の谷か」
 フェイが石柱の奥の道をのぞき込んだ。道は奥に行くほど両側の壁が高くなっており、星の光も入らなくなっていた。ここを進むのは魔法の光に頼らざるをえない。シーナもそのことに気づいたのか自分のダガーを取り出してその剣先に魔法の光を作った。白い魔法の光がシーナの周囲を明るく照らしだす。シーナはダガーを砂の上に差した。ファイン達はその光の中でラクダの倉袋から冒険に必要な物を取り出して準備をする。ひとしきり準備が終わると、シーナがダガーを砂から抜いて手に握る。
「準備はいい、みんな?」
 ファインの声にシーナとフェイは頷いた。先頭にファイン、2番手にシーナ、一番後ろにフェイが並ぶ。
「レッツゴ〜!」
 シーナの気の抜けた号令で3人は暗い谷の奥に進んでいった。
 歩いて行くほどに高くなる両側の壁は3人の精神を圧迫していた。ファインとフェイは明かりに照らされた道をまっすぐ見据えて進んでいる。シーナは恐怖心からか二人に話しかけるように怖い怖いと独り言を呟いていた。
「なに、あれ?」
 30分も歩いた時だった。突然ファインが前方になにかを発見して立ち止まった。
 立ち止まってファインは光の先に見える道の真ん中に転がっている物体を指さした。モンスターかもしれない。3人はそれぞれ自分の武器を準備する。しばらく観察するが遠目に見てその物体が動く気配はない。3人はじりじりとその物体に近づいていった。魔法の光ではっきりと確認できる範囲まで近づくと、3人は口を覆った。
「うげー、なんだい、ありゃ」
 少し間をおいて素直な感想をフェイが述べる。その物体は人間の死体だったのだ。全身がぶくぶくに膨れあがり腐っていたであろう事が解る。死体の表面は砂漠の乾燥で乾いており、かなりの時間が経過していることを伺わせる。乾燥のため臭いはあまり感じられなかった。
「どうやったら人間がこんな姿になるの!」
 あまりのグロテクスさにこみ上げる吐き気を我慢しながらファインは唸るように呟いた。
「あの死体、頭をこっちに向けて倒れているよ〜。奥から逃げてきたとしか考えられないよ〜」
 遭遇した時にショックはあったものの冷静にシーナは物体を観察している。モンスター知識に長けている彼女はもっと気持ち悪いモンスターも知識にあったのだろう。
「見てみなよ、この服はデルヴィッシュの修道服だ。それにほら、ここを見てみなよ」
 フェイが剣で指し示した先にはデルヴィッシュのホーリーシンボルが握られていた。
「こんな事になっているなんて、帰ってこないはずだわ」
 ファインは渋い顔をした。人間をここまで痛めつけることが出来る怪物はそうそういない。チラリと二人を見ると二人とも視線を死体に向けたままピクリとも動かなかった。
「依頼はこの谷の調査なんだから奥まで進まなきゃいけないんだよね。ここでめげては貧乏からも脱出できないし」
 この暗い雰囲気を払拭しようとして、ファインはわざと明るい調子で二人に話しかけた。二人はその言葉にふとファインを見る。
「そうよね〜、こんな所で立ちどまっていてもお金は入ってこないし〜」
「そうだねぇ、この人は一人だったけどアタシらは3人居るんだからね。なんとかなるさ」
 ファインの気を遣った言葉に二人はファインに笑顔を向けて頷いた。ファイン達はスッと顔を上げて谷の奥を見つめる。死んでいたデルヴィシュが何者に襲われたのかは判らない。しかし、何者かが居ることが解っただけまだましだった。この現状を打破する為、3人はこの後どうするか相談する事にした。

その4 深夜の死闘

「で、物は相談なんだけどね」
 ファインは眉間にしわを寄せて必死に考えた。シーナとフェイはファインの顔を真剣に見つめている。
「この人がやられたモンスターというのはかなり近くにいると考えてもいいんじゃないかと思うんだけど」
 フェイとシーナは小さく頭を縦に振って頷く。ファインは二人を見やると、さらに話を続けた。
「つまり、ここで呪文で強化しといて奥に進んだ方がいいと思うのよね」
「それならまかせて〜」
 シーナは魔法書をめくって使える呪文を探す。
「え〜い!ヘイスト〜」
 間髪入れずにヘイストの呪文を全員にかける。この呪文は対象の生物が30分の間二倍の早さで行動できるようになる。呪文の効果が継続している内に先に進まなくてはならないので、3人は急いでその場を離れ先に進んだ。ヘイストの効果で3人の足取りはいつもの2倍となっている。ものの5分ほども進むとで3人は徐々に道が広がっているのに気がついた。道の先はかなり広い空間になっており正面は絶壁になっている。
「あやし〜、めちゃくちゃ怪しい〜」
 シーナが眉をひそめて呟いた。ファインはシーナに向かって口の前で指を立て静かにするようにジェスチャーした。
「なにかきこえない?」
 ファインは二人に注意を促す。フェイはシーフとしての技能を発揮してどの様な音も聞き逃すまいと耳に神経を集中していた。しばらく物音がしていないかじっとしていたが、ファインとシーナには何も聞こえなかったようだ。しかし、フェイは妙な顔つきで物音を聞いていた。
「なんか聞こえた、フェイ?」
 ファインは耳を凝らしているフェイの方を振り向く。シーナも何が聞こえたのか気になったようでフェイの方をむいてフェイが説明してくれるのを待つ。フェイは微動だにせず耳を凝らしていたが、彼女は下唇を突き出すような仕草をして二人の方に顔を向ける。
「なんていうかねぇ、奥の方で何かが落ちている音がするんだけど。なんか、何かがしたたり落ちる感じ」
「落ちているって言ってもね、なんの確証もないんじゃ周囲に注意する事しかできないわよ」
 ファインは眉をひそめて腕を組んだ。このまま考えこんでも無駄に時間を浪費して呪文の効果時間が無くなっていく。ファインはフェイの方をチラリと見た。
 とりあえず注意しながら進むしかない。フェイは頷いて、手でファインとシーナに進む事を合図した。正面の広場は、魔法の光で十分に見回せるほどではないがあまり広いところでも無いようだった。広場の奥には階段が有りその奥には巨大な扉が設けられている。3人は階段の方に近づいていく。
 この場所はちょうど丘の中心部のようで、周囲の谷の高さも外から見た目算と同じくらいの高さだ。3人が階段を上ろうとしたその時、何かが丘の上から落ちて来る音がした。
 はっとして3人は丘の上を見上げる。すぐに落ちてきた物が床に激突する鈍い音が周囲に響く。それと同時にすえた臭いが3人の鼻をついた。3人は丘の頂上に視線を戻す。満天の星の中にその影は大きく映った。巨大な羽根を生やしたは虫類のシルエットだった。とっさに落ちてきた物が何なのか確認する。
「こ、これって・・・」
 ファインは目をむくほど驚いた。それは腐った肉片だったのである。よく見ると扉の前に新旧の差は有るが同じような肉片が床にこびりついている。
「みんなっ上っ!」
 いつもと違う緊張感みなぎる声でシーナが叫んだ。それと同時に丘の上にいた生物が丘の上から飛び立った。その影は巨大な翼を空中で羽ばたかせると一直線に降下してきた。
「みんな!避けないと潰される!」
 巨大な影は凄まじいスピードで彼女らに迫っていた。3人は咄嗟にその場からはじけ飛ぶように後ろに身を引く。その瞬間、彼女達が居た場所に巨大な怪物が重厚な音と地響きを起こし降り立った。その結果3人は怪物とまともに向き合う形となる。
「アンデットドラゴン!!」
 魔法の光に照らされたその姿を見てシーナが叫んだ。この怪物は死んだドラゴンの死体に魔術を掛けてゾンビとなった物だ。その力は生きているときと同様凄まじく、命有る者全てに容赦なく襲いかかる。
「散開するんだよ!」
 ドラゴンが鎌首を持ち上げるのと同時にフェイが叫ぶ。その声を聞いて3人はドラゴンを取り囲むように散開する。
 ドラゴンの姿は凄まじい物だった。全身が腐っていて所々腐れ落ち、生前は鋭い光を放っていたであろうその目は全体が白く濁っている。それは、高い知能を誇るドラゴンが自分以外の生物を無差別に狩る、ただの怪物と変化したことを告げているようだった。
 ドラゴンゾンビは咆吼するように頸を上げて息を吸い込むとシーナの方にその頸を向ける。その瞬間ドラゴンの口から何かがこみ上げてきたかと思うと、もの凄い勢いでガスのブレスを吐き出した。
「ひいっ!」
 咄嗟にシーナは身を捻ってかわそうと身をよじる。しかし、間に合わない。シーナの左肩から腕にかけてをガスのブレスが直撃した。
「いやあぁぁっ!!」
 あまりの激痛で絶叫と共にシーナの顔がゆがむ。見るとその傷は徐々に腐り始め紫色に変色している。
「フェイ!今の内にドラゴンゾンビを撃って!」
 ファインとフェイは同時に駆けだしドラゴンゾンビに斬りつけようとした。その瞬間シーナの呪文が後ろから炸裂する。
「アイス・ストーム!」
 痛みを殺したシーナの声が響き渡る。激痛に耐えてなお呪文を成功させた彼女の精神力は凄まじかった。ドラゴンゾンビの周囲の気温が急激に低くなったかと思うと、大きな炸裂音が響き、真っ白な氷塊がドラゴンゾンビの体を撃った。その威力はドラゴンゾンビの腐った体を表面から凍らせていった。ドラゴンゾンビは声にならない咆吼をあげる。その隙を二人は逃さなかった。ファインは右、フェイは左からドラゴンゾンビの足を狙う。
「自分の体重も肉をそがれては支えられないはずよ!」
 ファインは叫んで気合いを入れると一回二回とドラゴンゾンビの足に斬りつけていった。斬りつけるたびに腐った肉片が辺りに飛び散る。ファインは飛び散る肉片を気にすることなく斬りつけていく。フェイも体重を乗せて肉を削ぐように斬りつけていった。
 ドラゴンは体を震わせて二人を足下から振り放そうとその足を振り上げた。ファインとフェイはバックステップで避けようとする。
「うわっと!」
 ドラゴンゾンビの振り上げた後ろ足がフェイの足下をすくった。ドラゴンゾンビはすかさずフェイを踏みつぶそうとする。フェイも踏まれまいと体を横に転がせた。ドラゴンゾンビはフェイを踏みつぶそうと彼女に重い体を向ける。「フェイ!」
 ファインはフェイの姿を見てドラゴンゾンビの足下に走り寄る。走っている間にファインはシーナに目で合図を送った。その合図を見てシーナは小さく頷き右手をドラゴンゾンビに向けて突き出す。
「マジックミサイル!」
 彼女が呪文を唱えた瞬間、銀色のエネルギーの矢がドラゴンゾンビの右足に向かって飛んだ。この呪文は目標を外すことは絶対にない。エネルギーの矢はドラゴンゾンビの足に着弾する。その衝撃でドラゴンゾンビの腐った肉は弾け飛び骨があらわになった。ドラゴンゾンビの動きが止まる。
「ナイス!シーナ!」
 ファインは動きの止まった足下に駆け寄る。彼女は走った勢いと自分の体重とを併せて剥き出しになった骨に剣を叩き付けた。骨を叩く鈍い音と共に叩き付けた後にヒビが入る。
「ファイン、早くその場を離れるんだよ!」
 立ち上がって体制を整えたフェイが叫んだ。ファインが咄嗟にドラゴンゾンビを見上げると、自重を支えきれなくなったドラゴンゾンビが今にも自分の方に傾いて倒れてきそうであった。
 ファインはその場で反転し避けるように走る。すぐに彼女はドラゴンゾンビの巨体が後ろで地響きを立てて崩れ落ちるのを感じた。ファインは振り向いて剣を構える。
 ドラゴンゾンビもこのままでは終わらなかった。横倒しになりながらも、ファインの方に頭を向ける。そして、ファインを叩きつぶそうと丸太のような尾を振り上げた。その瞬間、鈍いアンデットとは思えない鋭い一撃がファインを襲う。
「うぐっ!」
 彼女は攻撃の早さに咄嗟に盾を構える事しかできなかった。鈍い音と同時に盾を通じて衝撃が伝わり、ファインは弾き飛ばされた。凄まじい力にファインは軽く5メートルは吹き飛ばされる。
「みんな、ふせてっ!!」
 シーナの叫びと同時に彼女の手のひらが放電した。
「ライトニング!」
 叫び声と同時に稲妻がシーナから発せられる。その直後にドラゴンゾンビの体内は電流で沸騰していた。腐った体が沸いてボコボコと嫌な音を立てた。ドラゴンゾンビの全身が煮立った飴のようにズルズルと崩れていく。ドラゴンゾンビはもう一度首をもたげて声にならない咆吼をあげた。
「こいつはオマケだよ!」
 フェイが腰にぶら下げていた聖水の瓶をドラゴンゾンビに投げつける。聖水は高僧が聖なる祈りを込めた水で、アンデットに対してダメージを与えることが出来る。フェイの手から放れた小瓶は放物線を描いて宙を舞った。瓶はドラゴンゾンビに当たると軽い音を立てて割れる。中の液体がドラゴンゾンビの皮膚を焼いていった。
 既に戦う力も残っていないのかドラゴンゾンビは前のめりに頭を地面に横たえる。それでも目の前にいるシーナに向かってその口を開き最後のブレスの一撃を見舞おうとした。突然の攻撃にシーナはとっさに身構えることしかできなかった。
ドラゴンゾンビの口が大きく開きガスのブレスが吐き出されようとした。シーナは恐怖でその場にへたり込んでしまう。
「シーナ!危ない!」
 フェイが叫んでシーナを助けようと彼女に駆け寄る。ファインは先ほどの攻撃で一瞬朦朧状態になっていた。しかし、フェイの叫びを聞いて持ち前の頑丈さで立ち直った。
「たあああ!」
 ファインは咄嗟に剣を構えて立ち上がる。そして、ブレスが吐き出される瞬間、勢いよく助走して、ほとんど頭蓋骨がむき出しになったドラゴンゾンビの頭部に渾身の一撃を叩き込んだ。頭蓋骨を砕くにぶい音がしてドラゴンゾンビの頭部をうち砕いた。
「やったの?」
 ファインは勢い余ってもんどり打って反対側に転がり込んでしまった。とっさに起きあがりドラゴンゾンビの方を振り向く。
 ドラゴンゾンビはもうピクリとも動かなかった。既にその腐肉はどろどろに溶けて階段をしたたり落ちている。そこにはドラゴンの骨格だけが残るのみとなった。
「ふ〜う」
 ファイン達は安心してその場にへたへたと座り込んでしまう。それと同時に汗がどっと噴き出てきた。ファインは背中のバックパックをおろすと手ぬぐいを取り出して顔を拭いた。フェイは水袋を取り出し水を被る。シーナはブレスに焼かれた左腕を気遣って応急手当を始めた。
「プリーストがいればよかったのにな〜」
 シーナは右手だけを使って、鞄から小さな小瓶を取り出す。そして、口で栓を外すと一気に飲み込んだ。シーナの左腕の傷が淡く光ったかと思うと徐々に表面から傷が薄れていく。完全とは行かないが左手が動くくらいには回復したようで、シーナは左手を握ったり閉じたりして魔法の回復薬の効果を確かめていた。
「シーナ、すごい色してるけど、左手は大丈夫なのかい。」
 フェイがシーナの腕を見て素直な感想を述べた。シーナの左腕は青黒くなっている。
「どおしよ〜、ファインちゃん」
 眉毛をハの字に曲げてシーナはファインにすり寄った。ファインはシーナの腕を見てみる。外傷はほとんど消えているし、問題はなさそうだった。
「何かの毒もしれないから、さっさと帰ったほうがいいかもね」
 ファインはそう決断した。即死生の毒ならばシーナが生きているわけがないし、遅効性の毒ならばニュートラライズポイズンの魔法で解毒しておいた方がよい。そうしないと、徐々にその毒が体を回り結果として命に関わるからだ。
「シーナ、ひとまず休んでおいてよ。もう少し調べないといけないしね」
 ファインはシーナを座らせるとフェイの方に駆け寄る。彼女は正面の扉を見上げると腕を腰に回して考えを巡らせる。
「どうしたんだい、ファイン?」
 フェイは訝しげにファインの顔をのぞき込んだ。ファインはファインに気づくと扉を睨みつける。
「フェイ、このドラゴンゾンビって何かを守ってたんじゃないのかな?それで近づくモノを無差別に襲っていたとか」
 ファインはこの扉の中が非常に気になって仕方がなかった。依頼を受けたときにここに何が居るのか聞いてこなかったからだ。ファインは何度も巨大な扉を見やる。
「そんなに気になるなら調べれば良いんじゃないか」
 フェイは軽く相づちを打って立ち上がると、バックパックから盗賊の七つ道具を取り出して扉を調べようとした。フェイは扉に近づいてその巨大な扉を見上げた。その大きさは高さは10メートル、横幅は5メートルはあるようだった。扉全体が幾何学模様の金細工で装飾されている。それは何かの魔法陣のようにフェイには見えた。詳しく見てみると、扉の中心1メートルくらいの高さにきらびやかに装飾された鍵穴を見つける
「アタシの領分で開くかねぇ」
 フェイは七つ道具の箱から細い針金を取り出して鍵穴を探った。ファインとシーナは固唾をのんでフェイを見守る。フェイはしばらく鍵と格闘していた。しかし、20分もすると頭をかいて鍵穴を離れた。
「だめだ!全く開かない。ありゃー、あたしら盗賊の領分じゃないね。シーナ、ディティクトマジックあったろ?アレで調べてみてくれよ」
 シーナは頷いて右手をかざすと呪文を唱えた。この魔法には魔法を帯びた物体を遮る物がない限り輝かせる呪文だ。解放された力が辺りに満ちていき、その効果はすぐに現れた。その場所全てが突然明るい光るに包まれた。ファイン達はあまりの光量に思わず目を覆う。
「これじゃ開かないはずだよ」
 フェイが肩をすくめると道具を背負い袋に入れる。そして、軽快に背負い袋を担ぐとさっさと階段を下りてきた。
「そうね〜、これじゃあまるでこの丘自体が封印ですっていってるみたいだもんね〜」
 シーナは目を細めて扉を見つめる。その時だった。低い地鳴りが起こったかと思うと、突然地面が突き上げるように揺れた。あまりの揺れにファイン達はおもわずしゃがみこんでしまう。周囲を見回すと丘全体が激しく震えているようだった。両側の絶壁で崩落が起こり始めているのか、3人の耳に落石の音が響く。
「今度はなんなのよ!」
 ファインは四つん這いになりながらも周囲を見回す。その間にも、揺れは益々強くなっていった。
「今度こそやばいかもしれない!二人とも、急いで入り口に移動するのよ!」
 ファインはバックパックを掴みあげると出口に向かって走り出す。ファインとシーナも頷くとバックパックを担ぎ上げて走り出す。3人とも後ろは振り向かなかった。両側にそびえ立つ壁も徐々に低くなっていく。星空が開けて入り口の石柱が見えてくる。最後はもう呼吸すらやめてファイン達は全力で走った。
 3人は肩で呼吸をしながら入り口にたどり着いた。石柱にくくりつけたロープが見えるとファインは急いで腰から剣を抜いた。
「早くラクダに乗って!」
ファインはラクダが無事なのを確認して少し安心した。ラクダを繋いで置いたロープを剣で切り裂くとファインはラクダに飛び乗る。続けてフェイとシーナも自分のラクダに飛び乗った。
「な、なんだい、あれ?」
唐突にフェイが南西の空を指さす。その指さした方向にファインとシーナも注目した。巨大な光の帯が南東の空を切り裂いてファイン達のいる丘に向かって飛んできていた。その先端はどんどん大きくなり、ファイン達の頭上で大きく弧を描いたかと思うと頂上付近に激突した。
「なんにしても〜、ここは危険よ〜」
 突然起きた突拍子もない出来事に保けていた3人だったが、シーナの一声でファインとフェイも正気を取り戻す。
「とにかく急いで戻ってこの事を報告しなきゃね。報酬を貰わなきゃ、おまんまも食い上げ。ここに残っても良いことはなさそうだしね」
「フェイの言う通りよ。二人とも、急いで町まで戻ろう」
 ファインはラクダの手綱を操り北西に方角を定めた。3人を乗せたラクダは町を目指して歩き始める。ファインは、いったいこの現象をどの様に説明したらよいのか考えながらラクダにまたがっていた。

その5 終わりと始まり

 オアシスの町に帰り着いたファイン達は真っ先にシーナを寺院に預けた。彼女の左腕はドラゴンゾンビのブレスによって腐れ病に感染していた。さらに、病気はキュアディジィーズという僧侶呪文によってでしか癒せないからだ。シーナの腕を見た祠祭は、彼女の腕が腐り落ちる寸前だったのを見て驚いた。しかし、シーナ本人は痛みも3日くらいまでで感じなくなったからなどと言って、周囲を人間の顔を引きつらせた。それが、腐れ病によって神経が死んだためだったのか、シーナが単に鈍いだけなのかは論議の分かれるところだ。
 ファインとフェイは、シーナの処置を寺院に任せた後、報告のためにデルヴィッシュの神殿へと向かった。既にバザーは終わっており、中央の大通りにも人の姿はまばらにしか見えない。ファイン達の仕事が終わった様に、バザーも終わる。ファインは静かになった町の中自分たちの仕事も報告を残すのみだと思った。ふと顔を上げてフェイを見てみる。彼女は静になった町の風景を眺めながら頭の後ろで手を組んでいた。時折つまらなそうに閉まっている商店の看板を眺める。程なく二人は酒場の横を通り過ぎた。
「あ〜あ、賑やかなバザーも終わっちまうと寂しいもんだね」
 閉じている酒場を見てフェイがそっとぼやいた。未練がましい視線と余りの落胆ぶりだ。ファインはふと引っ掛かる物を感した。この町に来てからの水飲み生活が思い出される。
「フェイ、実は最初は情報収集してなかったでしょ?」
 ファインはフェイの顔をのぞき込む。ファインとフェイの目が合うとフェイはピタリと立ち止まった。腕を組んで少し考えこむ仕草を見せる。
「う〜ん・・・。メイリンのかわいいしぐさが何とも・・・」
 ファインは全身の力が一気に抜けた。予想道理だったがあきれて物も言えない。ファインは冒険中の少しまともなフェイを見て、彼女に対する評価をかなり上げていたのだ。
「あんたって人は〜!」
 ファインは拳を振り上げてフェイに突進した。フェイは軽くステップを踏んで軽やかに交わすとすぐ先の小道に向かって走り出す。
「依頼は無事に終わったんだからいいじゃないの〜」
 笑いながら走り去ったフェイの後をファインは必死に追いかけた。さすがにフェイは早い。振り切られそうになりながらもファインは追いかけた。
 二人は鬼ごっこのような形でメインストリートから抜けて砂丘の見える小道に入っていく。しばらく行くと目の前にデルヴィッシュの神殿が姿を現す。依頼を受けたときと同じように緊張した面もちで門番が立っていた。門番の一人は近づいてくるファイン達の姿を見ると、もう一人を寺院の中に報告に走らせた。
「お待ちしておりました。アザディン老師がお待ちです」
 そう言って門番は扉を開けた。ファイン達は中庭を通って奥へと進んでいく。中庭では若手の修行僧達が修行に明け暮れていた。中庭での修行の風景はファイン達が出発したときと何も変わらない。ファインとフェイは修行している光景を横目に見て顔を合わせた。
「いつでもここでは修行をやってるんだね」
 あきれ顔でフェイが呟いた。二人は中庭をゆっくりと歩いて神殿の門の前に来る。
 神殿の中に入ると若いデルヴィッシュがそこからは案内をしてくれた。暗い通路に靴音だけが響く。アザディンの部屋の前まで来ると若い僧侶は声を張り上げた。
「アザディン様、冒険者の方を連れて参りました」
「入って貰いなさい」
 アザディン老師の声が聞こえると、若い僧侶は重そうな木製のドアを開けた。窓もない薄暗い部屋ではロウソクだけがアザディンの姿を照らしていた。アザディンは若いデルヴィッシュを下がらせるとファイン達に座るように指示する。
「その様子を見ると、かなり苦労したみたいだね」
 二人が座った音を確認して、アザディンは以前と変わらない口調で話した。ファインとフェイは神妙な面もちでアザディン老師を見つめる。二人は暫く黙っていた。しかし、程なくファインが思い口を開いた。
「行方不明のデルヴィッシュのことなのですが、谷でドラゴンゾンビに遭遇していました。残炎ですがそこで・・・」
 アザディン老師はため息を深くついた。視線を少し天井に向け考え事をしているようだった。
「その後、私たちはドラゴンゾンビと戦いました。谷を守るかのようなドラゴンでしたが何かご存じですか?」
 ファインはアザディン老師の目を正面から見つめた。アザディン老師は顎を手のひらでさすり少し考えこんだ。
「それは多分、墓の主がドラゴンゾンビを召還したんじゃないかな?封印の解放途中に再び封印されないためだと考えられるね」
 フェイはその話を聞くと怪訝そうな顔をしていた。
「爺さん。それって既に化け物が復活したって事かい」
「いや、まだ封印の第一段階が解かれたにすぎないね」
 アザディン老師は間髪入れずに答えた。眉間にしわを寄せ、これまでとは違い声に力がこもっている。
「君たちも光の帯は見ただろう」
 ファインとフェイは報告していなかったことを唐突に言われ二人は驚いた。膝の上で握った手の中に汗がにじむ。
「アレはゾンビの王を封印する5つの魔術的封印の一つなんだよ。さらに封印は4つ有る」
 ファインは頬に汗が流れるのを感じていた。彼女はその汗も拭おうとせずにアザディンの話を聞いていた。
「その全てが解かれるとゾンビの王は復活して再び人間に対して戦争を仕掛けてくるだろうね」
 アザディンの話が終わるとフェイが口をとがらせていた。ファインもこれからどうなってしまうのか気が気ではなかった。
「封印の場所に先回りして解放の邪魔をすることはできないのかい?」
 フェイにしてはもっともな意見だ。彼女は非常事態には真人間になる。
「一度破った封印だ。先回りしたとしても奴はあらゆる手段を使って破ろうとするだろうね。それよりも丘の扉を開いて奴本体により強力な封印を施した方がいいだろう」
 アザディンはそう言って懐から一本の巻物を床に広げた。二人の視線も巻物に注目される。
「これは精霊によって守られているという塔への道のりを記した物だ。この中に丘の扉を開ける鍵が安置されている。」
 アザディンは真剣な眼差しで二人を見据える。修行によって一点の曇りもないその瞳は二人の心も見透かしたような物だった。思わず二人とも姿勢を正してしまう。
「君たちに鍵を取りに行って貰いたい。帰って来たばかりで少々無茶な願いだが、この町にもう冒険者はほとんど残っていないからね」
 ファインとフェイは顔を見合わせて互いに頷いた。すぐにアザディンの方を見て元気よく了解の旨を告げる。それを聞いたアザディンは安心したのか胸をなで下ろした。すぐに手を叩いて人を呼ぶと若いデルヴィッシュが革袋を3つ抱えて持ってきた。
「ありがとう。ひとまずは今回の報酬を受け取ってくれたまえ」
 若いデルヴィッシュから手渡された革袋はズシリと重い手応えだった。フェイがすかさず中身の品定めをする。
「行儀悪いわよ、フェイ」
 依頼人の目の前でいきなり金勘定を始めたフェイの脇腹をファインは少しきつめに肘でつついた。しかし、フェイはおかまいなしだ。すぐに勘定が終わり、彼女の顔がほころぶ
「5千GP分の詰め合わせか。なかなかの報酬じゃないか」
 フェイがそっとファインに耳打ちした。それを聞いたファインは驚いた。思わず体を乗り出してしまう。
「これくらいは受け取ってもらうよ」
 アザディンはもう一度ファインとフェイにお礼を言って二人と握手をした。
「明日午前10時頃にもう一度ここに来ておくれ。塔について話をしよう」
 ファインとフェイはお辞儀をして立ち上がるとアザディンの部屋から退出した。


 再び中庭を通って外門に向かう。外門を出て小道を抜け、人通りの少ないメインストリートを通り宿屋に向かった。
「ただいまー」
 勢いよくドアを開けて、ファインは宿の中に入った。酒場のカウンターにはシーナが座っている。
「二人とも〜、こっちだよ〜」
 治った左手を大きく振ってファイン達に笑顔を振りまいた。もう完璧にいつものシーナだ。
「腕も治ったみたいね、シーナ」
 元気に腕を振っているシーナを見てファインは安心した。彼女はシーナに満面の笑顔を返す。
「お帰り!ファインちゃん」
マスターは親指をファインに向かって突き出した。
「ただいまっ!マスター」
 それに答えてファインもマスターに指を突き出す。ファインとフェイはカウンターに駆け寄りマスターに同時に注文した。
「マスター!Aランチね!!」
           ・・・・・おしまい

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